『自省録』と銭ゲバ

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自省録』が好きです。最近は,持ち歩いています。

ゲバ男は,『自省録』の通奏低音を,「崇高な義務の崇高な履行」に見出します。

ごみ捨て,書類書き,会議。。。つまらないことだと,嫌々やるか。崇高な義務を,崇高に履行しているのだと,胸を張るか。ゲバ男は,「崇高な義務の崇高な履行」と唱え,自分を勇気づけます。

さて,「金持ちの暮らしとは遠くかけはなれた簡素な生活」(神谷美恵子訳『マルクス・アウレーリウス 自省録』(2007年,岩波書店)11頁)を旨とする禁欲的なストア派の『自省録』と,弊ブログのテーマである銭ゲバは,一見,矛盾するようにもみえます。

しかし,「このようなこと〔≒良い教育〕にこそ大いに金を使うべきである」(同書同頁)との記述もあります。子どもの教育に大いに金を使うこともまた,「崇高な義務の崇高な履行」といえましょう。そうだとすると,教育資金を貯めるための銭ゲバ活動(例えば,節約・節税,貯金,投資,ポイント集め)は,すべて「崇高な義務の崇高な履行」のはずです。

こうして,『自省録』と銭ゲバは,私の中では矛盾しません。ただし,教育資金を貯め終ったら,贅沢するかもしれません。

ゲバ男

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